「標準的な運賃」の告示について考える

大阪で物流のコンサルティングを業とする、ロジヤの代表である板垣大介が、今回は、2020年4月24日に告示された、改正貨物自動車運送事業法に基づく標準的な運賃、通称「標準的な運賃」について考えてみました。

そもそもの前提

告示された「標準的な運賃」の話に入る前に、そもそもなぜ? 今回「標準的な運賃」が制定されたのかについて、簡単に触れておきたいと思います。

物流2法による規制緩和で競争激化

主題とは異なるので詳細は省きますが、トラック運送業は物流2法と呼ばれる「貨物自動車運送事業法」と「貨物運送取扱事業法」が施行されるまでは、認可制で参入障壁が比較的高い事業でした。1990年にこの物流2法が制定され、認可制から届出制に変わり、参入する事業者が一気に増えました。結果、約4万社であった事業者数が6万社を超える事業者数まで増加し、一気に価格競争が激しい業界となりました。

しかも事業者のうち約85%は、車両台数が30台以下の事業規模が大きくない事業者ばかりです。私は中小企業診断士として、物流関係以外で製造業や飲食店なども支援させていただくこともありますが、運送業に限らず総じて中小企業では原価計算をきっちりとできている事業者は少ないです。

原価計算がきっちりできていないので、いくらもらわないといけないのかが分からない、値上げ交渉するにも根拠が示せないので運賃交渉で負ける、競争が激しいのでこちらが提示した運賃をくぐる運賃を出してくる事業者がいる、等々の理由でトラック運送事業者の約半数が赤字という現状があります。

ですので、事業規模が小さなトラック運送事業者が個別に原価計算をすることは難しいだろうとのこともあり、国土交通省が今回、「標準的な運賃」を策定しこの運賃を参考にして下さいと告示したわけです。ちなみに、この行政による運賃の告示は今回が初めてではなく1999年までは、数年おきに旧運輸省から告示がされていました。告示することによるいろんな問題があったから、辞めたわけですが…、今回「標準的な運賃」としての再登板です。

ドライバー不足の改善

トラックドライバーの年間労働時間の平均は、大型トラックで2,580時間、中小型トラックで2,568時間となります。ちなみに、全産業の平均が2,124時間に対し、トラックドライバーは約2割も労働時間が長い職業になります。

一方で、年間賃金の平均はというと、大型トラックが457万円、中小型トラックが417万円で、全産業の平均497万円と比較すると約1割~2割低い現状となっています。

労働時間は長いが、賃金は低い、そんな業界で仕事をしようとする若者は少なく、その結果、必要なドライバー数が100万人弱といわれるなかで、数年後には20万人を超えるドライバーが不足すると言われています。

ここ数年、「物流クライシス」や「引っ越し難民」といった言葉がキーワードなっており、既にドライバー不足が顕著になってきていますが、このままではいけないというわけで、ドライバーの処遇改善を実現するためには、そもそもの運賃をあげない限りは不可能との結果から「標準的な運賃」が再登板したわけです。

トラックドライバーへも働き方改革の推進

働き方改革によって大企業は2019年の4月から、中小企業も2020年4月から月60時間超の残業に対して50%割増、月100時間以上、年720時間超の残業した場合には事業主に対する罰則規定が設けられました。

しかし!、トラックドライバーの「自動車運転の業務」はその適応外となっていました。

でも、このままではいけないと、5年間の緩和処置がとられて2024年4月以降に年960時間超の残業をした場合には罰則規定が適応される方針となりました。

一般の事業者より時間数が長い基準で適応も更に数年後と、いろいろと???が並びますが実態からするとそれが限界との判断からこうなっているわけです。

一人一人のドライバーの働く時間を減らすということは、今まで以上にドライバーが必要ということになり、そのためにはドライバーへのなり手を増やす、前述のドライバー不足の改善が求められ「標準的な運賃」となるわけです。

「標準的な運賃」について

前置きが随分と長くなってしまいました。ここからやっと今回の「標準的な運賃」についてのお話です。

日本経済新聞社の5月18日電子版の記事によると、「10トン車で東京-大阪間(550キロ)を標準的な運賃で算出すると17万円弱になり、現在の運賃相場は8万~9万5千円程度」とある。個人的な相場感でもあまり違和感は無い。但し、荷主から元請運送事業者へ支払われる運賃としての前提ではあるが。元請から実運送の傭車先、下手すると間に何社か入って、実際に走る運送事業者へは6万円台なんてこともあるのが、トラック運送業界の実情です。

今の実勢運賃の2倍程度の17万円弱の運賃、この「標準的な運賃」が実現すれば、もちろんトラック運送業の経営状況は劇的に改善し、ドライバーの賃金も上がり、ドライバーへの成り手も増えるわけですが・・・。本当に実現できるのか? に大きな疑問符が付きます。

そもそも、トラック運賃がそれだけ上がればいわゆる荷主の業績が悪化し、商品の単価に転嫁され物価は上がるわけですし。それはそれで物価目標を置いている政府にとっては良いのかもしれませんが。GDPに占める物流の割合は約1割、そのうち輸送に係る部分が半分、輸送の単価が倍にとなると、まぁそれなりに物価は上がりますね。(脱線でした)

「標準的な運賃」の計算根拠について

実勢運賃の2倍程度の運賃、その計算根拠は? と疑問に思うのが普通の思考回路。前述の日経新聞の記事よると、国交省の説明では「全産業平均より2割も安い運転手の賃金を是正するにはこの水準になる」とのことですが、2割では2倍になる根拠にはなりません。当たり前ですが。

で、よくよく資料を見ていくと色々と分かりましたので、それを解説させていただきます。あ、ちなみに、タリフ表だけでなく、国土交通省のホームページにある運輸審議会での資料(https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/unyu00_sg_000021.html)を見れば、全て書いてあることなのですが、そんなマニアックなところを確認する人は、限られているでしょうから、マニアックな人が見て解説します。

なぜ2倍?

一番気になるのこの、なんで2倍の運賃なの? だと思います。

結論:実車率が50%だから。

他の要因もありますが、間違いなく一番影響が大きいのが前提としている実車率が50%というところです。そりゃ2倍になるでしょっと。もちろん、車庫から積み地への空走、降し地から次の積み地迄の空走があるので、実車率100%はまずありえないのですが、さすがに50%は…。

「標準的な運賃」が実車率50%で計算されていることを知っている荷主なら、「片道だから半分でいいよね~」って、言ってきますね。私がその立場なら言います。嫌な人です。

燃料単価は?

コロナ禍で産業活動が一時的に低下したことで、軽油価格も急降下し2020年3月はインタンクの全国平均が94.4円/L(石油情報センターより)と100円を切る水準(もっと下がっているような気もするけど、統計に出てくるのはもう少し先なのかな)の昨今ですが、2014年ごろは120円台とかなり上下します。燃料単価がいくらの前提で「標準的な運賃」が計算されているかについても気になるところです。

結論:100円/Lです。

理由、計算しやすいから。。。らしいです。まぁ、最近の平均でもあるし。

じゃぁ、軽油単価上がったらどうしたらいいの? 燃料サーチャージを導入しなさいとのことです。いゃぁ、それができないから、この数年トラック運送業者の経営状況が悪化したのでしょうと・・・。

ちなみに、ローリー買いを前提としてます。統計上は、ローリーとスタンド価格には約25円程度差があるので、自社タンクがないところは燃料サーチャージが必須ですね。

燃費はどれくらいでみているの?

燃料費、単価の影響も大きいけど、量の影響も大きいですよね。そうなると、そもそも燃費はどれくらいで見ているのかも気になります。

結論:小型車:7.9km/L
   中型車:5.9km/L
   大型車:3.7km/L
 トレーラー:2.9km/L

けっこう、燃費が良い数字が並んでいるような気もするけどどうなんでしょう? 一応、数百社にアンケートを取った実績値とのことですが。(みんな、アンケートで見え張ってないですか?)

車両の償却は何年で見ているの?

2008年からのリーマンショック、2014年の軽油高騰などもありなかなか車両の入替が進んでいないトラック運送事業者も多いのではないかと思います。今使っているトラックの多くが既に十数年なんて会社もよく見かけます。

トラック別でみていくと、実際に利益が出てくるのは償却が終わってからみたいな会社も多いと思います。じゃぁ、「標準的な運賃」では何年償却で見ているのか気になります。

結論:5年です。

法定耐用年数は、積載量2トン以下で3年、それ以外は4年となっていますが、実際の平均使用年数は11年と大きく乖離しています。でも、長く乗るとそれだけ故障も多くなり修繕費が増える、国交省としては安全・環境性能の高い車両に買い替えをしてほしい、との思いから5年に設定されたそうです。

5年なら売る時まだそれなりの値段が付きそうですね。売却益でるなっと、考えてしまいますが、それは横に置いときましょう。

トラックの調達価格はいくらで見ているの?

安全機能や環境機能など、年を追うごとに必須な機器から、付けた方が良い機器など、どんどん増えて、車両の調達価格がどんどん上がってます。小さな家なら建ちそうなくらいするトラックの価格ですから、5年で償却するにしても1年当たりの負担も大きく、そもそもいくらで見ているの?かが気になります。

結論:10,833,840円(小型車~トレーラーの全国平均)

えっ!? ここは、車格別じゃないの? なんでここを全車格の平均でまるめてしまったの???、別に地域別はいらないからせめて車格別には公表してくださいよ。

トラックメーカーが、公表されたら値切るネタに使われるからって嫌がったんだろうな。(憶測です。)

ドライバーさんの給与はいくらで計算しているの?

トラック運送事業で原価比率の大きな要素として、もちろん、ドライバーの労務費があります。今回の「標準的な運賃」を制定する目的はドライバーの処遇改善があるわけですから、いくらで計算しているか気になります。

結論:2,510円(全国平均)です。
 ※別途福利費率16.6%、法定残業1.25倍
  地域別には、沖縄の1,743円から関東の2,671円と個別に計算

週40時間の年2,086時間を前提としているとのことで、今の残業時間の実態や、2014年の目標水準の残業時間でも、この水準が実現すればドライバーさんの成り手も増えるでしょうね。事業者側からすると、年間の賃金水準を計算して数値を見てしまうと怖いのでやめときます。

粗利はどれくらいとれる前提?

「標準的な運賃」、運賃ですので、運行に必要な原価だけでなく、一定の粗利を上乗せて設定しないといけません。どれくらいの粗利を前提にしているのかが気になりますよね。

結論:29.51%(販管費:26.79%、適正利益:2.72%)です。

粗利約3割、結構な割合ですね。事業規模が大きな会社は管理部門も大きくて、高い粗利が必要になりますが、事業者の大半を占める30台以下の車両のトラック運送事業者はこんなに粗利が取れているところあるんでしょうか。

 

まだまだ論点はありますが、既に、読むのに疲れる長さですのでこれくらいにしておきます。(書くのはもっと疲れました。)

色んな偉い人が知恵を絞った結果の「標準的な運賃」だと思うので、各論に対して色々疑問があっても、その疑問を乗り越えたうえでの今でしょう。「標準的な運賃」が目的通りに機能することを願ってます。

間違っても、トラック運送事業者の皆さんは『「標準的な運賃」の〇〇%で』、なんて運賃交渉だけはしないようにしてください。切に願います。国交省の資料等を参考にして、原価計算をして運賃交渉をしてください。

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