日本は運送会社の賠償責任が重すぎるのでは?

 私が中小企業診断士として運送会社と接する中で驚いたのは、運送品である貨物に損傷があった場合に運転手が損害額の全部または一部を負担する場合が結構あることです。少し前の新聞では、大手引越会社の事例として顧客の荷物を壊したら社員が弁償させられるという記事もありました。私の率直な感想を言うと、「ウソでしょ、信じられない!」です。まあ、私が世間知らずなのかもしれませんが。

 ただでさえ運転手は長時間労働で賃金も高くないのに、過失があるにせよ弁償までさせられてはたまりません。運転手不足の状況をさらに悪化させる要因にもなり得ます。しかし、運送会社、特に中小の会社からすると経営が厳しいのに損害額を会社が負担していてはやっていけない、そもそも運転手に過失があるのに何で会社が損害を全額負担しなければいけないのか、という考えがあろうかと思います。逆に、会社が全額負担すると当事者の運転手は救われるでしょうが、小さな会社だったら収益に深刻な影響を与えかねません。

 運送品の損害賠償について、商法では以下の通り定められています。
(損害賠償の額)
第五百七十六条 運送品の滅失又は損害の場合における損害賠償の額は、その引渡しがされるべき地及び時における運送品の市場価格(取引所の相場がある物品については、その相場)によって定める。ただし、市場価格がないときは、その地及び時における同種類で同一の品質の物品の正常な価格によって定める。
2 運送品の滅失又は損傷のために支払うことを要しなくなった運送賃その他の費用は、前項の損害賠償の額から控除する。
3 前二項の規定は、運送人の故意または重大な過失によって運送品の滅失又は損傷が生じたときは、適用しない。

 運送品が損害を被ると、荷主にとって直接の被害である運送品自体の価額だけでなく販売機会の逸失など二次的・間接的な被害も生じます。商法の規定は、故意または重過失でない限り運送人の賠償義務を直接の被害に限定するものであり、運送人を保護しているように見えます。

 ところが、国際比較をすると日本の運送会社はことのほか重い責任を負担させられていることがわかります。米国や欧州の多くの国では運送会社の賠償責任額に上限が定められています。例えば、私が7年間勤務したオランダにおける道路運送人の賠償責任は、国内輸送が貨物重量1kg当たり€3.40、国際輸送が同SDR8.33です(最近の換算レートでは€1.00が約130円、SDR1.00は約160円)。故意または重過失が証明されない限り、運送人が貨物価額を全額賠償させられることはありません。故意または重過失の場合に貨物価額どころか青天井の賠償責任を負いかねない日本とは大違いです。参考までに、日通総合研究所の田阪幹雄氏が各国の賠償責任限度額を表にまとめられているのでご紹介します。
  https://blog.nittsu-soken.co.jp/logistics/logitan-1901-03

 日本の運送会社の重すぎる賠償責任については業界として声を上げていくべきだと私は考えています。一方で、個々の運送会社としてもいくつかできることがあります。まず1番目に、貨物事故が発生した場合の荷主対応には少なくとも以下のことをしっかり意識しておくべきです。いずれも当たり前のことなのですが、中には立場が弱い運送会社が荷主に対して反論できず泣き寝入りしてしまう事例も見られます。

・ 運送人に過失があることを証明する挙証責任は荷主側にあること
・ 運送人は貨物の状況(損傷の有無や数量過不足)について外観からしか判断できないこと。(※)
※ 国際海上貨物運送約款では「・・・運送品、または運送品がその中品であると(荷主が)称している包、若しくはコンテナは・・・・・・外観上良好な状態で荷送人から運送人に受け取られ、・・・・・・受取地または船積港から、荷揚港または引渡地まで運送され、・・・・・・引き渡されるものとする。」(TRANSCONTAINER LTD. の海上貨物運送約款から抜粋)となっています。私が赤字にした部分、特に「その中品であると(荷主が)称している(原文は英語で”said to contain”)」と「外観上(同”apparently”)」という表現に注目してください。トラック運送も状況は全く同じはずです。

 そして2番目として、事故時ではなく普段の機会を捉えて「運送会社が貨物価額の賠償責任を負うことが当たり前ではないこと」を荷主との間で話題にしてみることをお勧めします。すんなり理解してくれる荷主はいないと思いますが、まずは荷主・運送会社の両者がそれまで常識と思っていたことを疑ってみることです。

 最後の3番目です。なぜ海外の主要国では運送会社の賠償責任に上限が設定されているのでしょうか?この問いに関して私なりの見解は持っていますが、読者の皆様、特に運送会社の経営者や社員にはご自身で考えていただきたいと思います。日本と比べて海外は治安が良くないし事故が多いからという意見が出てくるかもしれません。一方でこれらの国の方が今では日本より生産性も成長性も高いという事実に留意しておくべきでしょう。この問いかけは、日本の運送業の労働生産性が何故こんなに低いのかを考える切り口にもなります。運送会社の社内に留まらず、業界、荷主、あるいは消費者など社外の皆さんとの間でも話題にしてみると良いと思います。

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